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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)180号 判決 1969年7月28日

原告

A

代理人

津田騰三

外二名

被告

日本弁護士連合会

右代表者

阿部甚吉

代理人

岸永博

外三名

主文

被告連合会が昭和三六年一一月八日原告に対してした処分はこれを取り消す。

原告その余の請求は却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三六年一一月八日原告に対してした『第一東京弁護士会の処分はこれを取消す。Aの業務を六ケ月停止する。』との処分はこれを取り消す。原告を懲戒せず。」との判決を求め、その請求原因として、別紙(一)訴状、同(二)昭和三七年一二月三日付第二準備書面、同(三)昭和三八年一〇月一四日付第五準備書面、同(四)昭和三九年二月一二日付第七準備書面各記載のとおり求べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、別紙(五)答弁書(その引用する日本弁護士連合会懲戒委員会の昭和三六年一〇月二八日付議決書の理由記載を含む。)、同(六)昭和三七年八月一五日付準備書面、同(七)昭和三八年六月一七日付準備書面、同(八)昭和三九年四月八日付第三準備書面、同(九)昭和四四年一月三一日付第四準備書面各記載のとおり述べた。

証拠関係<略>

理由

一、本件懲戒処分がその処分書において引用する被告連合会懲戒委員会の議決書に記載されているとおり、「委任状不当行使の件」(以下単に「委任状の件」という。)と「焼電話加入権譲渡承認の件」(以下単に「焼電話の件」という。)との二つをその処分事由とするものであること、および「焼電話の件」についての原告の行為時は昭和二八年中であり、「委任状の件」のそれは昭和二九年五、六月中であることは当事者間に争いがなく、右処分にいたつた手続上の経過は次のとおりである。

訴外古川浩は原告に関する他の事案につき昭和二八年四月二四日付をもつて第一東京弁護士会(以下単に「一弁」という。)に原告の懲戒を請求し、さらに昭和三〇年一月二四日付の決定督促状と題する書面を提出するとともにこれに「焼電話の件」等を追記したこと、一弁は同日二五日右追加事由には触れることなく当初請求の事由について原告を懲戒に付するに足りる事由がないと認める旨の決定を古川に通告したこと、そこで、古川は右決定に対して同年二月二一日付をもつて被告連合会に異議を申し立て、その異議事由中に再び右決定で判断されていない「焼電話の件」その他の事由を付加したものであることは、いずれも当事者間に争いがなく、原本の存在ならびに成立に争いのない甲第五号証の二によれば、一弁は「焼電話の件」を含む右追加事由については調査をしないまま被告連合会の要求により古川の懲戒請求にかかる一件記録を同年三月四日被告連合会に送付したことが認められ、被告連合会は同月二八日古川の右異議申立の件につきその懲戒委員会に付議したことは当事者間に争いがなく、原本の存在ならびに成立に争いのない甲第四号証の一によれば、その後同懲戒委員会においては、昭和三三年八月六日付をもつて、「焼電話の件」を含む古川の追加請求にかかる事由については第一審としての調査がしてないからこの点についてさらに一弁において審査するのが相当であつて同弁護士会にこれを回付すべきである旨の報告書を提出したことが認められ、かくして、被告連合会は同年九月二四日右一件記録とともに右事案を一弁に回付したことについては当事者間に争いがない。そして<証拠>によると、右回付を受けた一弁においては、同年一〇月七日これを同会の綱紀委員会に調査を請求し、同委員会は昭和三四年三月一〇日付をもつて、古川の右追加事由については一弁として後記のごとく訴外杉浦英一郎よりの請求事件において既に処理ずみであつて再調査すべき特別の理由はないから懲戒委員会の審査を請求すべきでない旨の報告書を提出し、これに基づく一弁の同旨の決定に対し古川はさらに被告連合会に異議の申立に及んだことが認められる。

他方、<証拠>によれば、杉浦英一郎はこれより先昭和三一年一二月一五日付をもつて一弁に対し「委任状の件」、「焼電話の件」その他の事由による原告の懲戒を請求し、一弁においては昭和三二年四月三〇日、「委任状の件」をその懲戒委員会の審査に付し、その他の件についてはその審査に付さない旨の決定をしたこと、その結果、一弁は昭和三三年一月二〇日の懲戒委員会の議決に基づき「委任状の件」を事由として原告を六ケ月の業務停止とする懲戒処分をしたこと、これらの決定、処分に対し原告および杉浦からそれぞれ被告連合会に対し異議の申立がなされたことが認められる。

かくして、被告連合会は右古川、原告および杉浦よりの異議の申立をそれぞれの懲戒委員会の審査に付し、同委員会はこれを一括して昭和三六年一〇月二八日議決し、その議決において「委任状の件」および「焼電話の件」を認定したうえ、一弁が「委任状の件」だけで六ケ月の業務停止としたのはやや重きに失するからこれを取り消し、右認定の二件を理由として同様六ケ月の業務停止を相当とする旨の議決をし、被告連合会はこの議決に基づいて本件懲戒処分をするにいたつたことは当事者間に争いがなく、右議決書たる前示乙第一号証の二によると、被告連合会は「焼電話の件」についての弁護士法(以下単に「法」という。)第六四条所定の除斥期間の適用につき、杉浦の懲戒請求はその請求当時原告の行為時から既に三年の期間を経過しているから杉浦の異議の申立は採用することはできないが、古川の懲戒請求は昭和三〇年一月二四日であつて除斥期間内の請求であるからこれに基づく懲戒を免れることはできないとして右「焼電話の件」を懲戒事由に加えたものであることが認められる。

二原告は、右「焼電話の件」について、法第六四条に規定する三年の除斥期間の経過後懲戒の手続を開始した違法があると主張するので、まずこの点について考える。

右法条にいう「懲戒の手続を開始する」ということの意義については、当裁判所も本件当事者双方が一致して主張しているところと同じく、当該事件が当該弁護士会に置かれた懲戒委員会に対してその議決の前提としての審査に付されたことがこれにあたり、したがつて、たとい懲戒の事由があつたときから三年の経過前に懲戒請求人から懲戒の請求があつたとしても、また当該弁護士会が右期間内に事件をその綱紀委員会の調査に付したとしても、そのことにかかわりなく弁護士会は懲戒事由発生のときから三年を経過した後においては当該事件を懲戒委員会の審査に付することは許されないものと解する(この見解は、成立に争いのない甲第三八号証の一、二によれば、昭和三五年一〇月五日被告連合会の統一的見解として被告連合会から全国の弁護士会に通知されていることが認められる)このことは被告連合会がみずから懲戒処分をする手続についても同様にあてはまるわけであつて、被告連合会が法第六〇条によりみずから懲戒処分をするには懲戒事由があつたときから三年を経過する以前に被告連合会の懲戒委員会の審査に付されていることを要し、また法第六一条により被告連合会に異議の申立があつた場合に法第六〇条に基づきみずから懲戒処分をするときも右期間内に懲戒を適当とするとして当該事件が右懲戒委員会の審査に付されていることを要するものというべきである。ところが本件懲戒処分においては、前記のとおり、除斥期間内に懲戒請求人からの懲戒請求がなされていれば足りるとの見解がとられその前提のもとでの判断が示されているが、この見解は右の解釈と異なるものであつて到底賛同し難いところである。

ところで、本件「焼電話の件」に関する除斥期間の経過の有無について問題となるのは、被告連合会が昭和三〇年三月二八日その懲戒委員会に古川の前記異議申立の件を付議した際、右「焼電話の件」につき懲戒を適当とするとして審査の請求がなされたものと認めうるかどうかの点である。

まず、古川の異議申立の件が同懲戒委員会に付議されるまでの経過をみると、前記認定事実と<証拠>によれば、当初古川の懲戒請求は本件「焼電話の件」以外の案件に関するものであつて、これに対し一弁の綱紀委員会は昭和二九年一二月二〇日付をもつて一弁会長に懲戒に付するに足りない旨の報告をし、これに基づき一弁においてはその旨の決定をして昭和三〇年一月二五日古川に通告したこと、これと入れ違いに古川より同月二四日付翌二五日受付の決定督促状が提出されてその書面で初めて「焼電話の件」等が取り上げられ、さらに古川は右一弁の決定に対し異議の申立をすると記載して被告連合会に異議の申立をし、その異議事由の中で再び「焼電話の件」等を付記したこと、これを受理した被告連合会はその懲戒委員会に古川よりの一弁のした決定に対する異議申立の件として付議したことをそれぞれ認めることができる。してみると、一弁の決定は「焼電話の件」等以外の当初の案件についてのみなされたものであつて「焼電話の件」は右決定の対象とはなつていないことは明らかであるから、その決定に対する異議の申立についても同様に解するのほかはなく、また右認定の事実によると、古川の右異議申立に「焼電話の件」に関し一弁が相当期間内に懲戒手続を終えないことに対する異議が含まれているものと解する余地も見出し難い。すると古川の右決定督促状または異議申立書で「焼電話の件」等を付記したことは、一弁ないし被告連合会に対しこれを新たな懲戒事由として懲戒請求をしたものと解するのは格別、これをもつて「焼電話の件」に関する一弁の措置に対する不服申立がなされたものと認めることはできないわけである。

しかるところ、被告連合会がその懲戒委員会に付議した古川の右異議申立の申立書には前記のように「焼電話の件」等が付記されているのであるから、一見すると右付記事項についても懲戒委員会に対し審査の請求がなされているがごとくである。よつて、その際被告連合会が果して「焼電話の件」に関しみずから懲戒するのを適当と認めてこれにつき審査の請求をなしたものと認めうるかどうかの点につき次に検討しよう。

懲戒の手続に付された弁護士はその手続が結了するまで登録換または登録取消の請求ができない(法第六三条)等重大な制約、影響を受けるものであるから、懲戒手続の開始を慎重ならしめるため、法は事案をまず当該弁護士会の綱紀委員会に調査させ、その結果により当該弁護士を懲戒に付することを相当と認めたときはじめて懲戒委員会に審査を求めるべきことを規定しているのである(法第五八条第二、三項)。もつとも、被告連合会については、各弁護士会におけるように綱紀委員会の設置は義務づけられていないので、被告連合会みずからの懲戒につき規定する法第六〇条には同様のことは規定されていないが、事案につき被告連合会みずからが当該弁護士を懲戒することを適当と認めることの判断をするには慎重でなければならないことはもとより当然のことであり、現に被告連合会はその会則で綱紀委員会の設置を定め、綱紀委員会規則をも制定して同委員会による調査の制度を設けているのであるから、前記の判断をするについては、特段の事由がないかぎり、被告連合会の綱紀委員会の調査報告に基づいてこれを決すべきものといわなければならない。

しかるに、本件においては被告連合会が古川の異議申立の件をその懲戒委員会に付議するに当り「焼電話の件」を含む追加事由について、あらかじめその綱紀委員会に調査を求めたことを認めるに足りる証拠はない。のみならず、<証拠>によれば、被告連合会の同懲戒委員会に対する審査請求書には単に「古川浩より、第一東京弁護士会所属会員A君に対し同会の為した懲戒事由なしとの決定に対し異議申立の件」について審査を請求する旨記載されているだけであつて、とくに「焼電話の件」を含む追加事由についてはなんら触れられていないことが認められ、しかも同懲戒委員会においては前記のようにその後昭和三三年八月六日被告連合会に対し「焼電話の件」等については第一審として未調査であるからこれを一弁に回付すべき旨の報告書が提出され、それに従つて被告連合会から右回付手続がされていて、右懲戒委員会ないし被告連合会としては「焼電話の件」等に関しみずから懲戒するかどうかとの観点からその実質審査は行つておらず、なおまた被告連合会の主張(その答弁書の引用する議決書の理由記載)によつても、「焼電話の件」と同じく古川が前記異議申立書に追加した「委任状の件」に関し、直接被告連合会に懲戒を請求したのは不適法であるから一弁に移送すべきものであつたが、関連する民事事件がすむまで待つて貰いたいとの原告の申入によりしばらくこれを保留していたにすぎないといつているのである。したがつて、以上の諸点を考え合せれば、被告連合会がその懲戒委員会に対してした前記審査請求は、一弁の決定に対する古川の異議申立の件のみを対象とするものであつて、「焼電話の件」等の前記追加懲戒事由について被告連合会がみずから懲戒することを適当と認めてこれをも対象としたものとは到底認め難いところである。してみると、右審査請求によつて前記追加事由につき原告に対する懲戒の手続が開始されたものと解することはできないといわざるをえない。

これと異なる被告連合会の見解は採用することができない。

そして古川の懲戒請求の手続において、本件「焼電話の件」につき他に除斥期間内に懲戒の手続が開始されたことはこれを認めるべき証拠はなく、また杉浦の懲戒請求の手続においては右の件につきその懲戒請求さえも既に除斥期間の経過後になされているものであることは本件処分書の引用する被告連合会懲戒委員会の議決書において認められているとおりであるから、被告連合会としては「焼電話の件」は除斥期間の点よりしてこれを事由として原告を懲戒することは許されないというべきである。したがつて除斥期間を経過していないとの見解のもとに右の件をも懲戒事由に加えてなした本件懲戒処分はこの点において既に違法であることは明らかであるといわなければならない。

ところで、本件懲戒処分においては、一弁が「委任状の件」だけで原告を六ケ月の業務停止としたことは重きに失するとして進んで一弁の決定を取り消したうえ、「焼電話の件」をも加えて同じく六ケ月の業務停止の処分をしているのであつて、当裁判所もこれと同様に「委任状の件」のみによる右の程度の懲戒は重きに失し、これのみにより本件処分を維持することは被告連合会として裁量を逸脱した違法をきたさしめるものと解せざるをえないから、「委任状の件」の懲戒事由につき判断をなすまでもなく、本件懲戒処分はこれを取り消し、改めて被告連合会をして審査判断せしめるべきものである。よつて、これが取消しを求める原告の請求は理由があるから、これを認容すべきである。

三次に、原告を懲戒せずとの請求については、裁判所をして行政庁たる被告連合会に代わつて不作為の行政処分をし、または裁判所に対し積極的に被告連合会に不作為の行政処分を命ずることを求めているものと解するのほかはなく、かかる請求は裁判作用の範囲を超える不適法なものといわざるをえないから、却下すべきである。

四よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。(青木義人 高津環 弓削孟)

別紙(一)(訴状)

請求原因

第一、本件審決に至る経過概要

原告は元京大教授元公正取引委員会委員にして昭和二十四年弁護士に登録した。

昭和二十六年頃、訴外共和ゴム株式会社(以下、会社という)の不正増資をめぐり増資無効を目途とする訴訟を、会社の大株主吉田藤一郎及びこれを援助する杉浦英一郎の両名よりうけた。

この依頼者両名が、一審勝訴後、仲違いを来たし、依頼者の方策が二途に出でた。

当初吉田が原告に不満を感じ、原告を非難したので、会社株主総会を開き、一本化をはかるべきことを提案したところ、今度は杉浦が原告を解任するという。

原告は吉田の真意を訊ねている間に、一先づ保存行為を為すため、かねて預りある委任状を用いた。その後、吉田の解答は来らず、ここに解任は確定的と解し、以後何らの行為を為さず、却つて裁判所呼出状はこれを杉浦に回送した。後に杉浦は原告の報酬請求訴訟に対する牽制策として、原告の懲戒を第一東京弁護士会(以下、一弁という)に提訴した。

これより先き杉浦は右の材料を総会業者古川浩に売り込み、同一事件が既に日本弁護士連合会(以下、連合会という)にも係属していた。

さて一弁においては原告の連合会係属中との再三の抗弁にも拘らず、審理を強行し、終に六カ月業務停止の審決を云い渡した。

これに対し、原告は連合会に異議申立を為したが、連合会は一弁の審決を不当として取消しながら、同一の内容の処分を再び云い渡した。

これを原告は違法且つ不当とするものであり、これの判断を受けんとするのが本件である。

左にその理由をのべる。手続上の理由と実体上のそれとに分ける。

第二、手続に違法あり、破毀さるべきなり

凡そ手続そのことが本来的に重要であるのではないが、手続が正当に行われることは裁判の公正を期する所以である。違法な手続が強行されることは、そこに不公正な企図が包蔵されているからである。不公正な企図を隠すために手続が違法に行われるのである。

されば手続違反の故のみを以て、裁判が破毀さるるは亦故なしとしない。

本件の如きは左記の如き不可解な手続を以つて行われたのであり手続違反の故のみを以ても破らるべきものである。

一、一弁における手続違反

(1) 先きに一つの事件(先訴事件)が連合会に係属しているに拘らず、後に一弁提訴の事件(後訴事件)につき敢て審理を強行した。

原告の再三の抗議にも拘らず、これを無視した。

(2) 後に一弁係属事件(後訴事件)が異議申立により連合会に係属するや、先きに連合会に係属していた事件(先訴事件)を一弁に差戻した。

一弁はこのとき一事不再理を以て却下した。これは甚だ不合理である。一事不再理とは後訴が先訴の審査済の故を以て却下されることである。

然るに今や先訴が後訴審査済の故を以て却下されたのである。

(3) 山田半蔵委員は連合会係属事件において既に委員として審査に参加し議事録に署名している、その同一人が一弁係属事件において又しても委員として加わつている、而も両者係属中に、両者は違うと称して審理した。正は職権濫用である。

二、連合会における手続違反

(1) 原審決を取消したるは実は取消ではない、取消の名にかくれて、違法を糊塗したものである。

一弁における原審決はその手続において矛盾撞着あり、支持し難いものである。

これを取消すのは、当然のごとくであるが、却つて原審決の違法をもはや攻撃し得ざらしめるに至り、却つて原審決の瑕疵を救つたことになつている。

須く単なる取消に止めず、原審に差戻し、原審をして再考せしむべきである。後述(2)参照。

(2) 自判したことは諮意的である。

連合会が適当と考うる時は自ら審理し得る如くであるが(弁護士法六一条二項)、それは懲戒せず又は処分が軽いことに対し異議申立のあつた場合であつて、本件の如く処分が不当に重いとの異議申立の場合は自ら判断すべきではない。弁護士法五九条には自判の場合を示していないのである。

蓋し、五九条の場合に原審を取消而も自判すれば、一審を失うことになる。反之六一条の場合は既に処分しないことが一審の態度として表明されているから自判するのが自然的の場合でもある。

(3) 同一事件が連合会と一弁とに同時に係属することの不合理を救うために、連合会は審理を留保していたといつているが全く強弁である。

連合会が審理を留保したのは、民事事件とからんでいるから当分審理を留保されたいとの申立によるのであつて、一弁に係属中なることを意識してのことではない。一弁の不法なる手続を救う曲論である。

(4) 焼電話復活に関する件について一弁が懲戒せずと決定したものをわざわざ取上げている。異議申立があれば連合会は自ら取り上げ得るようであるが(弁護士法六一条)、この場合の異議申立はこの点を特に示しているのではない。無理にほじくり出したものである。

第三、事実認定に違法あり、破毀さるべきなり、

一、委任状発行の件について

解任後委任状を発行したとのことであるが、特殊事情が絡つている、これを十分に判断していない。

(1) 依頼者が異常であることを看過している。

依頼者は会社の本来の所有者吉田藤一郎とそれを援けると称する杉浦英一郎との二名がある。一審勝訴後、Aも取締役となり三名で取締役会を構成していた。ところがAが杉浦に傾き過ぎるというて、吉田が非難するので、Aは、両名に対し、改めて株主総会を開催し役員改選すべきことを提案した。

そうしたら今度は杉浦がAを解任するという。ここで吉田が態度をはつきりせねばならないのに杉浦に従つたかの如くであつた。

そこで、Aは吉田に対し、「吉田もAを解任するや、吉田の真意如何」と問い、その回答を待つていた。

本件委任状発行はこの間のことである。

この間の複雑なる関係を看過している。

(2) 解任方式が異常であることを看過している。

(a) 十数件ある中で、杉浦は何号事件何号事件を解任するといつて来たが、かかる解任は異例である。何号何号と指定されたもの以外は代理権がある、それを一々チェックしないで、一応の処置をしておくことは考え得られる。

(b) 共同受任者中、一人のみの解任である如き疑があつた。粟田弁護士には杉浦は解任状は出すが君だけはやつてくれと依頼した事実がある(粟田証言)これを聞いている原告は杉浦の解任には重きを置き得なかつた。

すべては吉田の解任があるか否かが鍵であつた。

(3) 委任状発行は当時の常態となつていたことを看過している。

当時訴外共和ゴム株式会社(以下、会社という)は解散状態にあり、すべての業務は停止されていた。原告は会社の事務所を原告主宰の法律雑誌発行のための事務所として使用する対価として、原告の使用人をして会社の総務課の仕事を引受けてやらせていた。株主総会議事録、取締役会議事録の作成、定款変更申請書類の作成、訴状の印刷等はすべて原告の使用人がやり、必要なるハンコも預りぱなしであつた。委任状発行は常態の一つであつた。

(4) 保存行為をしたに過ぎない。終局的処分をしていないことを看過している。

委任状発行によつて為したことは会社の財産の保存行為である。

事務所明渡の和解ができた後に、(a)和解金取立のため、差押えを試みたこと、(b)事務所転借人に対する支払命令を試みたことのみ。何れも保存行為に止まつている。

(5) 委任状によつて何事も遂行せず。裁判所の通知はそのまま本人に回送したことを看過している。

委任状を一先づ発行した後、吉田の回答如何を待つたが、遂に回答は来たらず、ここにおいて、解任はもはや否認し得ずとあきらめ、ここに委任状による行動を進めないこととした。

裁判所より間もなく呼出状が来たが、これを本人の方へ回送した。

委任状発行が一先づの仮りのものであり、吉田の回答を待つていたことを実証して余りあるものである。この有力なる事実を看過した被告の判断は違法といはざるを得ない。

(6) 深くつきつめられば委任状によつて実現せんとするところは、実体上原告の所有に帰すべき賃借権の内容の一部であること、従つて原告には違法の意識はないことを看過している。

右の(1)(2)(3)(4)(5)に上述の所は他人の財産の処理として見た場合の委任状の処置であるが、むしろ事務所賃借権は原告に帰すべき関係にあつた。即ち、会社事務所は報酬代りに原告の所有に帰すべきものであるから(少くとも原告はそう信じている)、事務所明渡の和解金も原告に帰すべきであり、転借人に対する請求も然り。それを回収する為めの行為を原告が粟田弁護士に指令するには格別に違法の意識はなかつたのである。

ただ原告の事務所賃借権取得も形式上完全ではない欠陥はあつた。そこで粟田弁護士は一先づ形式を整えおき後に追認をうける方式をとつたものの如くである。(註)

(註) 吉田の解任がなければ、吉田が当時は発行済株式の過半数をもつているから、追認をうけ得る。

(7) 尚、強制執行はA事務所の慣行上、共同弁護人粟田弁護士の専管するところであることを看過している。原告は強制執行手続は熟知せず一切を粟田弁護士に任せきつていた。委任状を何通とるか等も熟知しなかつた。本件委任状もすべて粟田弁護士の保管にかかつていた。書き込んだ文字もすべて原告は知らない。かかる事実は懲戒という如き制度の下では十分考慮に入れらるべきである。

粟田弁護士の行為の法律的効果がA事務所について生ずる問題と処罰の問題とは分けて考うべきである。

二、焼電話の件

すでに一弁において全く問題にもしなかつたことで、原告本人も全く気にもとめなかつたことである。

(1) 焼電話の復活申請は杉浦との間に十分諒解ずみであつたことを看過している。

申請した当時は、杉浦との間は何等悪化していない。事務所附属のものとして、焼電話開通は普通の業務に属していた。普通の業務は大橋の使用人がやつていたことは前述した。

(2) 開通間際になつて杉浦よりプレミヤム分配要求があつて中止したというまでで、何ら違法の意識がなかつた。

それを殊更らに、印鑑偽造というが如きは全くの曲解である。

第四、状情から見て本件処罰は重きに失している

一、本件は正常なる提訴ではない。会社総会業者古川浩が敗訴の腹いせにやつたものである。

それに古川浩に弟子入りした杉浦英一郎が自己の野望の遂行のためにやつたものである。

真面目な市民がやつたのではない。それを取上げるのは、会社ゴロにAを食わせたものである。

二、懲戒処分以上の実際的損害をうけている。これ以上追及するのは苛酷である。

古川は一弁において懲戒処分ありたるとき、逸早くその発行するゴロ新聞に書きたてた。杉浦はこれをAの顧問先に送りつけて営業妨害をした、名誉毀損をした。

これによつて実際上は六カ月停止の処分以上の被害をうけている。もはやこれ以上の処分は必要ではない。

三、事件本人は既に宥恕している、にも拘らず、これを無視して判断するのは苛酷である。

(1) 古川浩は多年正論を持しているAに対し、今はもはやわだかまりはないとの書翰を寄せている。ただ杉浦と提携したことのある関係上、提訴を取下げることはできないのみといつている。古川の関係はもはや実際には帳消しである。

(2) 杉浦の提訴は残つているし、わだかまりが解消しいる訳ではないが、元来が杉浦の提訴は無理である。

杉浦は訴外吉田藤一郎の父祖伝来の事業を応援すると称して吉田の訴訟に加わり、後に吉田の事業を横領した人物である。

共和ゴム会社の真の所有者は吉田である。

その吉田はAを多年誤解していた、今はすべて諒解した、何ら含む所はないとの書翰を寄せている。

(3) 右の如くにして、古川も、杉浦の背後の会社の真の所有者も、共に宥恕している。もはや利害関係を感ずる者はない筈である。

第五、憲法の保障する職業の自由に反す。

原告は本件審決はその手段において又事実認定において違法あり、処分の量定において苛酷であつて、全体として見れば原告の如き人生の途中よりの転向者に対する冷遇措置である一面を持つていると見ている。

凡そ転向者に対し苛酷の所遇を与えることは職業の自由に反する。

憲法は職業の自由を保障している。一つの職業に転向せんとする者に対し、何らかの形を以てこれを抑制すること憲法違反である。

嘗つて米国において医師試験を厳格にし、新人の進出を阻んだに対し、独占禁止法違反でないかを論ぜられたことがある。本件の如きは職業の自由を実質的に妨げるものである。

以上、本訴に及びます。

別紙(二) <省略>

別紙(三)

第五準備書面

被告は弁護士法第六四条の規定の解釈を誤つた結果焼電話加入権譲渡承認請求の件につき懲戒の手続の開始が除斥期間の経過後であるにも拘らず敢えて原告を懲戒した違法がある。

左にその理由を述べる。

一、弁護士法(以下単に法と略称する)第六四条は「懲戒の事由があつたときから三年を経過したときは懲戒の手続を開始することができない」と規定する。同条は懲戒の手続開始についての除斥期間を定めたものと言われる。ところがここに「懲戒の手続を開始する」とは何かが問題である。懲戒の手続を行う者は、当該弁護士所属の弁護士会又は日本弁護士連合会であつて懲戒の請求者でないことは法第五六条、第五八条ないし第六一条、第六三条等の規定に徴し明らかである。そうとすれば懲戒の手続を「開始する者」が当該弁護士所属の弁護士会又は日本弁護士連合会であつて懲戒の請求者でないことは自明の理と言わねばならない。つまり懲戒の請求者の請求は当該弁護士所属の弁護士会又は日本弁護士連合会に対する懲戒の手続開始の端緒ないし原由を提供するものではあつてもこのような手続を開始するものそれ自体ではない。しかもその誰人からでも懲戒の請求をなし得るのであるが、この請求があることによつて右の弁護士会又は日本弁護士連合会の懲戒の手続が即刻当然に開始されると解すべき法的根拠は存しないのみならず却つて法第六三条、第五八条及び第六八条等の規定からすれば懲戒の請求者の請求によつて懲戒の手続が即刻当然に開始されるのではなく、当該弁護士所属の弁護士会において綱紀委員会の調査結果により懲戒委員会にその審査を求め又は日本弁護士連合会がみずからその弁護士を懲戒することを適当と認めて懲戒委員会の議決の前提としてその審査を求めるに至つたときにおいて懲戒の手続を開始したものと解される。けだし弁護士会は懲戒の請求があるときは各弁護士会に置かれる綱紀委員会(法第七〇条)にその調査をさせ、綱紀委員会の調査の結果懲戒相当と認めたときは懲戒委員会(法第六五条参照)にその審査を求め、その議決に基いて懲戒を行うわけであるが(法第五八条、第五六条第二項)他方懲戒の手続に付された弁護士はその手続が結了するまで登録換の請求のほか登録取消の請求すらすることが許されないという大きな制約を蒙る(登録取消の請求ができない結果延いては弁護士会費の支払義務を継続して負うほか、多くの公職に就くことができないなどの制約すら蒙る)のであつて、誰人からでも単に懲戒の請求がなされたとか又は弁護士会における綱紀委員会の調査結果すら判明しないという段階において既にこのような重大な制約を蒙つてよいとすべき合理的理由は毫も存在しない。のみならず法第六八条において「懲戒委員会は同一の事由について刑事訴訟が係属する間は懲戒の手続を中止することができる。」と規定して刑事手続を先行せしめる趣旨で懲戒手続の裁量的中止を定めている。しかしこのように裁量的にもせよ手続の中止をなし得るのは独り懲戒委員会のみであつて、綱紀委員会についてはこれに相当する規定を欠く。綱紀委員会が懲戒委員会と同様に懲戒の手続を行う機関であるとするならば何故に懲戒委員会と同様に刑事訴訟の係属する間懲戒の手続を中止できる旨の規定を設けないのか、その合理的理由を発見するに苦しむ。してみれば綱紀委員会は未だ懲戒の手続を行う機関ではないと言わねばならず、弁護士会において綱紀委員会の調査結果により懲戒委員会にその審査を求めたときに、懲戒の手続を開始したものと解するの外はない。もつとも日本弁護士連合会については弁護士会と同様の綱紀委員会の設置は義務付けられておらず(法第七〇条参照)、日本弁護士連合会が特にみずから懲戒するのを、適当と認めるときは懲戒委員会の議決の前提としてその審査を求めることになる(法第六〇条、第六七条)。しかしこの場合日本弁護士連合会が懲戒委員会に審査を求めるのは相当な取調べの結果により特にみずから懲戒するのを適当と認めたときのことであつて(このような取調べの必要上日本弁護士連合会では会則六五条、七六条以下において綱紀委員会の設置等を定めるとともに懲戒委員会規程の外、綱紀委員会規則(第六号)を制定して綱紀委員会による取調べの制度を設けている)右は特にみずから懲戒するのを適当と認めることなく唯単に事情調査ないし意見を懲戒委員会に求める(「審査」の名称を使用すると否とにかかわらない)のと異なるのみならず、弁護士会の処分等に対する異議申立(法第六一条)に基く再審査のためになされる懲戒委員会の審査請求とも異なる。これを要するに、誰人たるを問わずになし得る懲戒の請求自体が懲戒の手続の開始に該るものでないことはもちろんであるとともに懲戒の手続は弁護士会の綱紀委員会の調査結果に基き弁護士会から懲戒委員会に対する審査の請求があつたときこれによつて開始されたものと言わねばならず、また日本弁護士連合会が上述のように特にみずから、懲戒するのを適当と認めて懲戒委員会に対して審査の請求をなしたときはこれによつて懲戒の手続が開始されたものと解せざるを得ない。

二、ひるがえつてこれを本件につき見るに焼電話加入権譲渡承認請求の件について、その行為時は昭和二八年一二月中のことであるところ、この件について古川浩が第一東京弁護士会に、懲戒の申立すなわち懲戒請求をなしたのは昭和三〇年一月二四日であることは日本弁護士連合会懲戒委員会作成にかかる昭和三六年一〇月二八日付議決書(乙第一号の二)に記載のとおりである。しかしながら古川浩の右懲戒の申立のあつた当時、第一東京弁護士会としては何等なすところなく(この点につき右議決書は「第一東京弁護士会はその綱紀委員会として調査せしめなければならない筋合であるのにこれについて綱紀委員会に調査せしめたことを認め得る記録は存しない。」と言う)、唯日本弁護士連合会の請求に応じて昭和三〇年三月四日事件の記録を同連合会宛送付し爾後昭和三三年九月二四日付をもつて同連合会から右事件の記録を回付され、ここにおいて同弁護士会は綱紀委員会に対して調査の請求をしたところ同綱紀委員会は翌三四年三月一〇日右事件については杉浦英一郎の申立事件においてすでに調査決定ずみであるから同一事実に対しては特別の事情の存しない限り更めて再調査の必要なしとして懲戒委員会の議に付すべきものでないとし、これに基いて第一東京弁護士会も同様の決定をした。この決定に対し古川浩申立人より昭和三四年四月三日被告宛に異議申立があり、その後同年五月二二日被告より日本弁護士連合会懲戒委員会に対して審査請求があり、昭和三六年一〇月二八日付の前掲議決書による議決を見るに至つたものである。しかし、その間第一東京弁護士会において古川浩申立にかかる焼電話加入権譲渡承認請求の件については遂にその懲戒委員会に対する審査請求はなされずして終つておりさきに述べたような昭和三四年五月二二日日本弁護士連合会からその懲戒委員会に対して審査の請求がなされた当時は既に行為時から起算して三年を経過していることは明らかである。もつとも懲戒申立人古川浩は第一東京弁護士会の昭和三〇年一月二五日付「懲戒に付するに足る事由なし」との決定に対して同年二月二一日被告宛に異議申立をしているところ、右異議申立中には右の決定において判断されていない(申立がないから)焼電話加入権譲渡承認請求の件等をも含みしかも被告日本弁護士連合会が昭和三〇年三月二八日懲戒委員会に対して審査請求をした事案は右の「決定に対する異議申立の件」となつているので、その審査請求の範囲には一見したところ右の焼電話加入権譲渡承認請求の件等右の決定において判断されていない事実も含まれる如き外観を呈している。しかし、この場合の審査請求なるものは、いわゆる原審たる第一東京弁護士会が判断した事実のほかに未だ判断していない右の焼電話の件等につき被告日本弁護士連合会として特にみずから懲戒するのを適当と認みてなされたものとは到底認めることはできない。けだしこの場合被告日本弁護士連合会が審査請求したのは昭和三〇年三月二八日であるが、それは古川浩が同年二月二一日異議申立をした直後のことであって、日本弁護士連合会としては審査請求をするまでの間に綱紀委員会の調査を求めること等によつて特に焼電話の件等いわゆる原審で判断していない新規の案件について取調べをなしたと認めるに足る証拠は何等存在せず、従つてこれらの案件について日本弁護士連合会として特にみずから懲戒するのを適当と認めたものと認定すべき何物も存在しないからである。しかのみならず却つてこの場合の審査請求なるものが被告日本弁護士連合会としては何らみずから懲戒するのを適当と認めてなしたものでないことは次の点から明らかである。すなわち、(一)日本弁護士連合会懲戒委員会委員長名義の昭和三三年八月六日付報告書では右焼電話の件などは一審としては未調査のものであり、つまり判断していないから今後更に一審たる第一東京弁護士会において審査するのを相当と認め同弁護士会に回付すべき旨を明示しており、次いでこれに基き被告より第一東東京弁護士会宛差し出した日本弁護士連合会「秘第一〇〇号」書面によれば右焼電話の件などを第一東京弁護士会に回付することとしたことが認められる(焼電話の件等に関する古川浩申立の分はこの回付によつて第一東京弁護士会は初めて綱紀委員会に対して調査を請求した)。このことに徴するときは、被告日本弁護士連合会の右審査の請求はいわゆる原審が既に判断した事項つまり鑑定書の件と尋問事項の件の二つに関する第一東京弁護士会の決定に対する再審査が重点であり、これに附加して原審が未だ判断していない新規な事項つまり右の焼電話の件や委任状のいわゆる不当使用の件についての事情聴取ないし取扱如何の意見を求めるにあつたものであって、右の新規な事項について殊更みずから懲戒するのを適当と認めたものでは決してないことが明らかであると言い得る。(二)のみならずこの点は被告の懲戒書(乙第一号証の一)の基礎となれる議決書(乙第一号証の二)の理由説明によつても亦明らかである。すなわち右議決書における本案前の抗弁に対する判断として古川浩の昭和三〇年二月二一日の前掲異議申立の中に委任状のいわゆる不当使用の件に関する懲戒請求が含まれているが、かかる「懲戒請求はその弁護士の所属弁護士会にあらざる当連合会にいたしたものであってその不適法であることは明らかである」本来は第一東京弁護士会に「移送」すべかりしものであったが当事者の上申により「移送」を保留していたものである」と説示している。しかも焼電話の件が右の異議申立の中に含まれていて、しかも未だいわゆる原審たる第一東京弁護士会の判断を受けていないことは右の委任状のいわゆる不当使用の件と全く同一である。然りとするならば、古川浩の右の異議申立による懲戒請求が不適法であって第一東京弁護士会に移送すべかりしものをしばらく保留しておつたものであることは焼電話の件についても右の委任状の件と同じであると言わねばならない。このことは言い換えるならば、古川浩の右の異議申立の直後被告が日本弁護士連合会懲戒委員会に対して審査なるものを請求しているが、それは原審たる第一東京弁護士会が未だ判断していない新規の事項たる焼電話の件等につき殊更日本弁護士連合会がみずから懲戒するのを適当と認めてなしたものでは決してないことを意味するものと言うの外はない。

三、以上述べたように被告日本弁護士連合会が古川浩の異議申立の件につきその懲戒委員会に審査の請求をしていることは焼電話の件等につき特にみずから懲戒するのを適当と認めてなしたものではないと言わねばならない。然りとするならば古川浩の申立にかかる焼電話加入権譲渡承認請求の件については、右のような異議の申立に基く被告日本弁護士連合会の審査請求なるものがあつたからと言つて、さきに指摘したように昭和三四年五月二二日被告日本弁護士連合会からその懲戒委員会に対する審査の請求(仮にこのときの審査の請求こそは日本弁護士連合会として特にみずから懲戒するのを適当と認めてなされたものであるとしても)がなされる前に既に行為時から起算して三年の除斥期間が経過していると認めるのに何等の妨げとなるものではない。従つて古川浩の申立にかかる焼電話加入権譲渡承認請求の件の如き事実が仮に存在したとしても右申立にかかる分については三年の除斥期間を経過しているので被告としてはこの事案を採り上げて懲戒の手続を開始することはできないと言わねばならない。(尚右焼電話の件については他方杉浦英一郎から第一東京弁護士会に対して懲戒の申立が昭和三一年一二月一八日受付をもつてなされているが、この件は同弁護士会において綱紀委員会の昭和三二年四月三〇日付調査報告書―この報告書ではこの件については行為時より既に三年以上経過しているので懲戒手続を開始し得ないと言う点が注目される―に基き昭和三二年五月七日その懲戒委員会に対して審査を請求した事実の中には含まれていない。)結局焼電話の件は、杉浦英一郎の申立にかかる分についても、古川浩の申立にかかる分と同じく、第一東京弁護士会においては懲戒委員会に対して審査請求を行つていない。しかるに日本弁護士連合会懲戒委員会は、前掲議決書(乙第一号証の二)において、右焼電話の件等につき古川浩から第一東京弁護士会に対する懲戒申立のなされたのは昭和三〇年一月二四日であるからまだ除斥期間経過前であるとし、これを前提として原告に対して懲戒処分を課することを相当と認めており、被告はこの議決をそのまま容認して原告を懲戒していることは懲戒書(乙第一号の一)によつて明らかである。しかし右は懲戒の手続を開始し得ない案件について法第六四条の規定の解釈適用を誤り敢えて原告を懲戒するに至つた違法あるものと言わねばならない。従つて原告に対する被告の懲戒処分は既にこの点において取消を免れないものと思料する。

仮に、法第六四条の規定の解釈につき、弁護士会がその綱紀委員会に対して調査の請求をしたことをもつて同条にいわゆる「懲戒の手続を開始する」に該当するものと解するとしても、右の焼電話加入権譲渡承認請求の件について第一東京弁護士会が綱紀委員会に対し調査の請求をしたのは、古川浩の申立にかかる分については被告日本弁護士連合会よりの前掲回付のあつた後たる昭和三三年一〇月七日であり、杉浦英一郎の申立にかかる分については昭和三一年一二月二五日であることは記録上明らかである。しかるに原告の行為時は昭和二八年一二月一四日又は遅くとも同月二二日と認められる(原告藤塚建物株式会社被告A間の東京地裁昭和三一年(ワ)第六八〇八号保管金返還請求事件の原告代理人佐野潔名義にかかる昭和三六年七月一七日付「第五準備書面」、杉浦英一郎より第一東京弁護士会会長宛、昭和三一年一二月一〇日受付「懲戒の申立」と題する書面添付の「書証の説明書」による)然りとするな焼電話の件については、古川浩の申立にかかる分についてはもちろん、杉浦英一郎の申立にかかる分についても、第一東京弁護士会が綱紀委員会に対して調査の請求をなした当時は時既に遅く三年の除斥期間が経過した後のことであり、法律的には最早懲戒の手続を開始し進行することはできないにも拘らず敢えてこれを行い原告を懲戒するに至つたものに外ならず、右は法第六四条の規定の解釈適用を誤つた違法あるもので被告の懲戒処分は既にこの点において取消されるべきものと言うの外はない。

別紙(四) <省略>

別紙(五)

答弁書

請求の原因について

一、手続違背の主張について

(1) 原告の第一東京弁護士における手続違肯の主張は、被告が同弁護士会の処分を取消しているので、本訴では意味をもたないのではないかと考えます。

(2) 被告における手続違背の主張について

原告の主張は要するに被告が原告を業務停止六カ月の懲戒決定をしたことは弁護士法第五九条第二項に違反するというに尽きるもののようであります。

しかし原告のこの主張は同法の解釈を誤つているのみならず、本件は、被告の同条第一項による異議申立、ならびに古川浩、杉浦英一郎等の同法第六一条第一項による異議申立を併せ別紙議決書のとおり決定したのであるから原告のこの主張は理由のないものと考えます。

二、事実誤認の主張について

被告の認定した事実は、別紙議決書のとおりであります。

原告の主張するところについては、その大部分が右議決書において判断されてありますが、右認定に反する主張はすべて否認します。

三、処罰の過重の主張について

「業務停止六カ月」は相当であって、原告の主張は理由のないものと考えます。

日本弁護士連合会懲戒委員会の昭和三六年一〇月二八日議決書の理由

一、先ず異議申立人(懲戒被申立人)A(以下被申立人という)の本案前の抗弁について按ずるに、弁護士に対する懲戒は軽々になすべきものでないので法は、弁護士に対する懲戒の請求はその事由の説明を添えてその弁護士の所属弁護士会にこれをすることを要し、所属弁護士会は先ず綱紀委員会にその調査をさせなければならないと規定したのである。従つて弁護士に対する懲戒請求がその所属弁護士会以外の弁護士会又は日本弁護士連合会になされた場合はこれをその所属弁護士会に移送するか又はその請求を却下すべきものというべく、日本弁護士連合会が、その懲戒委員会の議決に基き懲戒することができるのは、みずからその弁護士を懲戒することを適当と認めた場合に限られているのである。

これを本件についてみるに、異議申立人(懲戒申立人)古川浩(以下古川申立人という)の被申立人に対する、第一物商株式会社及び株式会社小金井製作所に対する委任状不正使用の件についてはじめて懲戒の請求をいたしたのは同申立人が昭和三十年二月二十二日当連合会に対し、鑑定書の件と尋問事項の件に関して第一東京弁護士会の決定に対する異議申立をすると同時にこれに附加して申立をいたしたものであるから、当連合会としては未だ所属弁護士会の調査を経ない右委任状使用の件についてこれを所属弁護士会たる第一東京弁護士会に移送してその調査を求むべきであつたが、たまたま同年九月十四日被申立人より、古川申立人の異議申立は、A、杉浦間の報酬請求事件の牽制策であるから民事事件のすむまで待つてもらいたいとの上申があつたので当委員会はこれを諒承し、古川申立人の右新たなる懲戒請求事件の移送をも保留していたものである。

然るところ昭和三十一年十二月十八日異議申立人(懲戒申立人)杉浦英一郎(以下杉浦申立人という)より第一東京弁護士会に対し、被申立人は委任状を不正に使用して小金井製作所の電話加入権の差押及び第一物商に対し支払命令申請をしたほか、他に四件の不正行為があるから同弁護士の懲戒を請求する、との申立があつた。よつて同弁護士会は綱紀委員会の調査を経たる上昭和三十三年一月二十日右委任状不正使用の点につき懲戒すべきものと決定したものであってこの懲戒決定には手続上何ら違法はない。

被申立人は、古川申立人の異議申立により事件が日本弁護士連合会に係属しておるのであるから、第一東京弁護士会には管轄権がないと主張するけれども、古川申立人の右委任状使用の点についての懲戒請求は、その弁護士の所属弁護士会にあらざる当連合会にいたしたものであつてその不適法であることは明らかであるから被申立人の本案前の抗弁は採用することができない。

よつて以下本案について判断する。

第一、鑑定書の件

古川異議申立理由第一の事実

一、古川申立人の異議理由中、鑑定書に関する点については同申立人の主張する説も傾聴に値いするものがあるが、被申立人の鑑定書と同説にも傾聴すべきものがある。従つてこの点については古川申立人のいう如く必ずしも曲説、妄論であることが明々白々であるとはいい得ない。

被申立人の鑑定書末尾の記載並びに株主総会において更にこのことを強調したことは弁護士としては不謹慎であり穏当を欠くものではあるが諸般の事情より考察して懲戒の必要があるものとは認め難い。

第二、証人尋問事項書の件

古川異議申立理由第二の事実

一、同申立人の異議申立理由中、尋問事項書中に古川申立人に関する点を記載したことは、行き過ぎの点があつたとしても、この程度のことを証人尋問事項書中に記載したということのみでは必ずしも裁判所の心証を害しようと計画した極めて悪辣卑怯な手段であり法の盲点を利用して不正に事件を有利に導こうとする行為であり弁護士の信用を害し品位を損う非行であるとは断じ難い。

第三、邦文タイプライター及び電扇の件

古川異議申立理由第四の事実

杉浦異議申立理由第四の事実

一、同申立人の異議申立理由中、滞納税金のため京橋税務署より差押えられた共和ゴム林式会社所有の邦文タイプライター(杉浦申立人より口頭にて異議追加申立にかかるタイプライターと同一物)及び電扇を被申立人が日本競輪株式会社に持運びたる上、京橋税務署に対しては取締役の肩書を付した自分名義の書面を以て国分寺工場に移管した旨の届出をなしたことは正しい所為ではないが当時は被申立人は共和ゴム株式会社の取締役であり且つ信任関係も持続されていたころの所為であるからその当時の行為としては必ずしも強く指弾されなければならないとはいい難い。今日、被申立人がなおかつ返還しないことは遺憾とするに足るものがあるが、被申立人は書面又は口頭を以て返還する意思を表明しておるのであるからこれをもつては懲戒に値いするものとは認められない。

第四、事務所無料使用の件

杉浦異議申立理由第三の事実

杉浦申立人並びに被申立人の第一東京弁護士会綱紀委員会、同懲戒委員会における供述によれば被申立人は中央区銀座西二丁目三番地所在の共和ゴム本店事務所を被申立人の経営する経済法律時報社の事務所として使用したことが認められる。

しかしながら、杉浦申立人及び被申立人の前記各供述によれば当時共和ゴムは営業の不振と株主間の抗争等のため業務を廃止し、その本店事務所を使用する必要がなかつたことと、杉浦申立人は共和ゴムの財産回復その他一切の訴訟手続を被申立人に依頼し、被申立人はこれら共和ゴムの数多の事件を受任遂行していたもので、当時両者は円満且つ緊密な関係にあつたことから被申立人がこの事務所を前記雑誌発行の事務所として使用するにいたつたものであることが認められる。

殊に、昭和三十三年八月二十六日第一東京弁護士会懲戒委員会において、毛受委員より「共和ゴムの方もAさんが使うことは承諾していたのですね」との問に対し杉浦申立人は「承諾していました」と答弁しておる点等より見て共和ゴムは被申立人がこの事務所を無料使用することについては明らかに、或は少くとも暗黙の承諾を与えていたと認められるので、この事実を以て懲戒することはできないものと認める。

第五、小金井製作所より受領の金三十万円引渡請求の件

杉浦異議申立理由第五の事実

<証拠>を綜合すれば、被申立人は昭和二十九年一月中共和ゴムの代理人として、株式会社小金井製作所より立退料の一部として金三十五万円を受取り、内金五万円を共和ゴムに引渡したが残余の金三十万円は共和ゴムより度々引渡請求あるもこれを引渡さないことが認められる。

右事実に対し、被申立人は小金井製作所より受領すべき立退料債権は被申立人が有した共和ゴム本店事務所賃借権がこの立退料債権に変つたもので被申立人の所有であるからこの三十万円を共和ゴムに引渡すべき義務はない。と弁明するが被申立人が共和ゴム本店事務所の賃借権を取得した事実を認め得る証拠はないから、被申立人の右弁明は採用できない。

又被申立人は共和ゴムに対し、金百三十万円の報酬請求権を有していたのでこの三十万円は右報酬債権の内金に相殺充当したとも主張するが、その百三十万円の報酬請求権はいかなる請求権であるかについては具体的な主張もなく立証もない。しかしながら被申立人が共和ゴムより数多の訴訟事件を受任しこれを遂行していたことは明らかであり、又訴訟委任を解除されたことも明らかであるから、これらの訴訟に関し、被申立人が共和ゴムに対し報酬請求権を有しているであろうことは諒することができる。又共和ゴムが小金井製作所に対し五十万円の立退料債権を取得したのは被申立人の訴訟代理人としての尽力によることも認められる。

これに反し、共和ゴムが被申立人に対しそれらの報酬の支払を完了したと認めらるべき主張もなく、これらのことについては現に民事事件として裁判所に係属中でもあるので、これらの事情を勘案するときは被申立人が本件預り金を留置する行為は必ずしも理由のないものとはいうことができない。従つてこれを以て所属弁護士会の秩序又は信用を害し、若くは弁護士の品位を失うべき非行ということはできない。

以上の理由により第一ないし第五の事実については被申立人を懲戒することは相当でないと認める。

第六、委任状不当行使の件

(1) 小金井製作所に対する電話加入権差押の件

古川異議申立理由第五の事実

杉浦異議申立理由第一の事実

<証拠>を綜合すれば、被申立人は昭和二十九年五月八日付を以て杉浦申立人より、又同月二十七日付を以て共和ゴムよりの各内容証明郵便により訴訟代理人を解任する旨の通知を受けたので信任関係は破綻したことを知りながら、その後において予ねて信任関係の厚かつた当時杉浦申立人より預つていた杉浦個人名義の白紙委任状に委任月日を昭和二十九年四月一日と遡及した日付を記入し且つ杉浦英一郎の署名の肩に「東京都中央区銀座西二丁目三番地共和ゴム株式会社代表取締役」と加筆し被委任者氏名欄に「弁護士A、同粟田吉雄、同中川臣朗」、委任事項欄に「拙者株式会社小金井製作所に対して東京地方裁判所昭和二十八年(ノ)第二九一号建物明渡調停事件の執行力ある調停調書正本に基き電話加入権差押の件」と記入して共和ゴムの委任状に変造したる上、共和ゴムの代理人として小金井製作所に対し、同製作所の京橋局一六四一番、一六四二番に対する電話加入権差押命令申請書にこれを添付して同年六月十二日東京地方裁判所に提出行使したことが認められる。

これに対し、被申立人は共和ゴムの本店事務所の賃借権は被申立人が杉浦申立人より弁護士報酬代りに譲り受けたものであり自分が賃借権を有するものである。而して共和ゴムはこの事務所を小金井製作所に明渡し、その立退料として金五十万円の支払を受けることになつたがこの立退料五十万円の債権は被申立人の賃借権がこの立退料金五十万円の請求権に変つたもので、その実質は被申立人に属するものであるから被申立人がその内の十五万円を取立てるため小金井製作所の電話加入権を差押えるについては共和ゴムは委任の解除はできないものである。従つて被申立人が従前の委任に基き代理権を行使することに違法はないと弁明するが、被申立人は自ら共和ゴムの実権者は吉田藤一郎であると主張しながらその吉田の承諾のないのに、共和ゴム本店事務所賃借権を杉浦個人の事件成功報酬の代りとして譲り受けるということは条理に合わないのみならず、被申立人がこの賃借権を取得したと認めるに足る証拠はない。かえつて<証拠>によれば被申立人が小金井製作所より立退料の一部として受領した金三十万円について杉浦申立人より引渡請求に対し被申立人は右立退料は共和ゴムのものであることを前提とする回答――をいたしておることに徴しても被申立人が共和ゴム本店事務所の賃借権を有したものでないことが明らかであるから被申立人のこの点に対する弁明は採用できない。

次に被申立人は同人事務所においては執行手続は専ら粟田吉雄弁護士が処理しており、右解任通知の後杉浦申立人より粟田弁護士に対し訴訟代理継続の依頼があり本件委任状も凡て粟田弁護士が記入して手続したものであつて被申立人は関与していないと主張するが、粟田弁護士は当時被申立人の事務所員として執務していたものであるから、本件の委任状の記入並びに差押命令申請書の作成が事実上同弁護士により、為されたものとしても主代理人が被申立人であり、その記名押印のもとに手続が為されるのであつて、己に信任関係についていきさつのある当事者にかんし、このように事件受任の重要な処理である委任状が被申立人の事務所において作成せられるにいたつたことは被申立人の執務上いちじるしい過失であることを免れない。又訴訟代理継続依頼に関する証人粟田吉雄の供述と杉浦申立人の供述は相反しておるが、仮に杉浦よりその依頼があつたとしても、それは昭和二十九年五月二十七日付解任通知以前のことであることは粟田弁護士の当委員会における供述により明らかであるから、右五月二十七日付内容証明郵便により粟田弁護士も共に解任された後において前記の行為を為すことは許されないところである。

なお、被申立人は共和ゴムの真の権利者は吉田藤一郎であつて杉浦申立人は何らの出資なく形式上代表取締役となつておるにすぎないから同人よりの解任通知のみを以ては真の解任とは受取れなかつたと主張するがたとい杉浦申立人に出資がなくとも又仮に形式的にもせよ被申立人は杉浦が代表取締役に就任したことは自認しておるのであるから、この点についての被申立人の弁明は採用することはできない。

被申立人は、若し弁護士が職務上他人の感情を害した場合において懲戒せられることになるとせば弁護士の地位たるや誠に不安薄弱なものである、というけれども弁護士が懲戒を求められるのは感情のもつれより生ずることが少くないので弁護士としてはたとい感情を害することがあつても懲戒を求められることのないよう品位を保つことが要請されるのである。

(2) 第一物商に対する支払命令申請の件

古川異議申立理由第五の事実

杉浦異議申立理由第二の事実

<証拠>を総合すれば被申立人は昭和二十九年五月中被申立人の法律事務所において共和ゴムの意に反することを知りながら予ねて杉浦申立人より預つていた同人個人の白紙委任状に日付を「昭和二十九年五月一日」と真実受任した日でない日付を記入し且つ委任者杉浦英一郎の署名の肩に「東京都中央区銀座西二丁目三番地共和ゴム株式会社代表取締役」と加筆し、被委任者氏名欄に「弁護士A、同粟田吉雄、同中川臣朗」委任事項欄に「拙者第一物商株式会社に対する昭和二十七年一月より同年八月迄の賃料債権に付支払命令申立並びにこれに関する一切の事項」と記入して共和ゴムの委任状に変造し、これを支払命令申請書に添付して同年五月二十日東京簡易裁判所に提出行使したことが認められる。

右事実に対し被申立人は、共和ゴムの真の所有者吉田は被申立人を信頼しておるのみならず右申請手続は訴訟代理人解任通知前になされたもので違法はない。又、右手続も粟田弁護士により為されたもので被申立人は関与していない、と弁明するが、杉浦申立人提出の第二二号証の一、二、第一五号、第二九号証によれば吉田は被申立人に対し既に昭和二十八年六月二十一日解任の通知を発しており、更に同人は昭和二十九年五月七日には被申立人の訴訟代理人を解任する共和ゴムの取締役会の決議にも賛成しておるのであるから、両者間に信任関係があつたと認めることはできない。

<証拠>を綜合すれば杉浦申立人と被申立人間の信任関係は既に昭和二十八年八月頃には大分薄らいでおり、その頃より両者は内容証明郵便を以て応酬するという状態に在り、更に昭和二十九年一月以降には被申立人は杉浦申立人の共和ゴム代表取締役更迭を企図して取締役会を招集したのに対し、杉浦申立人は被申立人を信頼出来ないものとして、昭和二十九年五月七日開催の共和ゴム取締役会決議を以て被申立人の夕張製作所に対する訴訟代理人を解任すること及び被申立人の共和ゴム取締役を解任することの株主総会を同年五月二十四日開催することを定めてその旨を被申立人に通知したほか、同月八日には杉浦申立人は個人として被申立人に委任していた訴訟代理人の解任をも通知しており、被申立人は遅くも同月十四日にはこれを了知していたことは杉浦申立人提出の第十六号証によりこれを認めることができるので被申立人は既にこの時において共和ゴム並びに杉浦申立人と被申立人間の信任関係が断絶したことを認識していたものと認められる。然るにその後である同月二十日に至り被申立人が杉浦申立人個人名義の委任状を共和ゴム名義の委任状に変造行使することは許されない行為といわなければならない。

又、被申立人は右委任状の行使は粟田弁護士がいたしたもので、自分は関与しないと弁明するが、その弁明は前項と同様の理由により採用することはできない。

第七、焼電話加入権譲渡承認請求の件

古川異議申立理由第三の事実

杉浦異議申立理由第六の事実

右につき第一東京弁護士会綱紀委員会は昭和三十二年四月三十日杉浦申立人の第一東京弁護士会に対する懲戒申立は昭和三十一年十二月十八日であり、被申立人の右行為は昭和二十八年十二月のことであるから既に三年以上経過しているので弁護士法第六十四条により懲戒手続を開始することはできないと決定した。

これに対し杉浦申立人は昭和三十五年三月二十六日当委員会に対し口頭を以て昭和三十三年三月十一日付異議申立書記載の事実のみでなく、第一東京弁護士会に提出した懲戒申立理由の全部について審理を求めると申出でたが当時は既に除斥期間を経過しておることが明瞭であるから杉浦申立人の異議申立は採用することができない。しかしながら古川申立人が第一東京弁護士会に右電話加入権譲渡承認請求書の件につき懲戒申立をいたしたのは昭和三十年一月二十五日であるから未だ除斥期間を経過していないので第一東京弁護士会はその綱紀委員会をして調査せしめなければならない筋合であるのにこれについて綱紀委員会に調査せしめたことを認め得る記録は存しない。

古川申立人はまた鑑定書並びに訊問事項書の件について第一東京弁護士会のなしたる決定に対し昭和三十年二月二十二日当連合会に異議申立をするに際し、その申立書に付記して右電話加入権譲渡承認請求書ほか二件を新たな請求事由として当連合会へも懲戒を請求して来たので当連合会は第一東京弁護士会の調査を求めるため昭和三十三年八月六日一件記録を第一東京弁護士会に回付したところ、同弁護士会綱紀委員会は昭和三十四年三月十日、右事項については杉浦事件に於て既に調査決定したものであるから同一事実に対しては特別の事情のない限り、更めて之が再調査を為す必要のないことは論ずるまでもないところである。とて古川申立人の右懲戒請求に対する調査を拒否した。しかるところ、この調査拒否決定に対し古川申立人より昭和三十四年四月三日当連合会に異議申立があつたのでこれについて当委員会は次のとおり判断する。

思うに、第一東京弁護士会は杉浦事件と古川事件とは同一事実であるから特別の事情のない限り再調査をなす必要はないというけれども、右電話加入権譲渡承認請求書偽造行使事件についての同弁護士会綱紀委員会の調査決定は杉浦申立人の懲戒請求は除斥期間経過後のものであるから弁護士法第六十四条により懲戒に付することができない、と決定したものである。従つて杉浦事件と古川事件が内容において同一事実であっても、古川申立人の懲戒請求が果して除斥期間経過後のものなりや否やについては当然別個に調査しなければならない筋合であるのに、そのことをなさずしてたやすく杉浦事件について調査決定ずみとして除斥期間についての考慮を払わずその調査をしなかつたことは審理不尽といわなければならない。よつて当委員会において調査するに、古川申立人が右事実について最初第一東京弁護士会に懲戒を請求いたしたのは昭和三十年一月二十五日懲戒請求の決定督促に追加して申立てたものであり、次いで昭和三十年二月二十二日当連合会に対し異議申立をなすと同時にこれに付加して右事実ほか二件について懲戒請求を申立てたことは記録上明らかであるから古川申立人の懲戒請求は除斥期間内の懲戒請求であること明瞭である。

故に進んで事実関係について審案するに<証拠>を綜合すれば被申立人は昭和二十八年十二月中、共和ゴム代表取締役杉浦英一郎不知の間に同人を譲渡人、被申立人を譲受人とする共和ゴムの五六局五〇一四番焼電話加入権譲渡承認請求書一通を偽造し、これを京橋電話局に提出したが杉浦英一郎名下の印鑑相違の理由により受理されなかつたことが認められる。

右につき被申立人は共和ゴム本店事務所の賃借権は被申立人が譲り受けて取得した。従つて元ここに架設してあつた前記電話加入権も右事務所に付属するものであるから被申立人が取得したものと考えて譲渡承認請求をしたものであり、この譲渡承認請求をするについては杉浦申立人も承諾していたものである。又杉浦名下の印影は同人より被申立人が預つていた印章を押捺したものである。と主張する。

然しながら被申立人が共和ゴム本店事務所の賃借権を取得したものでないことは小金井製作所に対する電話加入権差押の項で説述したとおりであるから、この事務所賃借権の取得を前提とする右電話加入権取得の主張はこれを採用することはできない。次に被申立人が本件譲渡承認請求書を作成提出するについて、杉浦申立人の承諾があつたか否かに関しては両者の供述は相反しておるが、この請求書に杉浦自身による署名又は記名押印のないことは被申立人の自供により認めることができるばかりでなく、仮に杉浦名下の印影は被申立人が杉浦より預つていた印章(杉浦は印章を預けたことはないと供述しておる)を押捺したものとして、被申立人の自供によればこの印章は訴訟委任状又は議事録等作成のために被申立人が杉浦より預つた印章であつて権利移転の文書作成に用うべきものでないことが認められるので被申立人の弁明は採用することができない。

又当時、被申立人は共和ゴムの取締役であつたのであるから被申立人がこの電話加入権を会社より譲り受けるについては取締役会の承認を要することは弁護士として当然熟知していた筈であるのにその承認を得ないで自己のために譲渡承認請求書を作成して提出したことは諒解しがたいところである。

その他被申立人の供述を除いては杉浦の承諾があつたと認むべき何らの証拠もないから、被申立人は杉浦申立人の承諾を得ないでこの譲渡承認請求書を作成して京橋電話局に提出したものと認定せざるを得ない。

そうだとすれば被申立人のこの行為は弁護士の品位を失うべき非行というべく、しかも古川申立人の第一東京弁護士会に対する懲戒申立は昭和三十年一月二十四日であり行為時より三年未満であるから被申立人は第六において説述した委任状不当行使の件と併わせ懲戒を免れることはできないものといわなければならない。

以上の理由により古川申立人の異議申立はその理由中第三の事案については、前認定の通り懲戒に該当し、従つて同一事実に関する杉浦申立事実に対する原弁護士会の懲戒不相当の処分は失当であり、またA申立人に対する原弁護士会の懲戒処分も原審弁護士会認定事実だけでは稍重きに失するからいずれもこれを取消すを相当とし、当委員会は原弁護士会認定に係る懲戒事実及び当委員会において認定した前叙古川申立人の異議申立理由中第三の事実についてAの業務を六ケ月停止するを相当と判断する。

仍て懲戒処分については弁護士法第六十条第五十六条を適用し、同法第五十九条第二項(A異議申立について)同法第六十一条第二項(杉浦、古川異議申立について)に各則り主文の通り議決する。

昭和三十六年十月二十八日

日本弁護士連合会懲戒委員会

別紙(六)・(七)<省略>

別紙(八)

第三準備書面

一、一般国民の請求に基く弁護士懲戒事件につき、弁護士法第六四条の「懲戒手続の開始」をどの段階でとらえるかについては、左の三つの考え方がある。

(1) 弁護士会が懲戒申立を受理したとき

(2) 事件が綱紀委員会に係属したとき

(3) 事件が懲戒委員会に係属したとき

二、右三説の相違は、いろいろの要因はあるにしても、要するに、弁護士の利益を重視するか、それとも請求人である一般国民の利益を重視するか、または両者の利益のバランスをとろうとするかのいかんによつて生ずるところである。

三、被告は弁護士法第六十三条の実際上の取扱いを機として、同条及び同第六十四条にいう「懲戒の手続」の解釈に関し、理事会その他の機関において、研究した上右「懲戒の手続」とは前記一項の(3)の解釈に従い取扱いの態度を一定した経緯がある。その主たる理由は(イ)できるだけ、両条にいう懲戒の手続を統一的に解釈すべきこと、(ロ)第六十三条については、実質上懲戒事由に該当しない濫訴の場合、弁護士の人権が制限されることは不当であること。(ハ)第六十四条については一般人の懲戒申立権は、告訴告発、裁判官の弾劾申立等の権利と同様、処分を促す権利に止まること、従つて第六十四条は除斥期間とされているも、弁護士法第五十八条第二項及び第三項から見て綱紀委員会の懲戒することを相当とした認定の報告が実質上の訴追となるとすべきことにある。

四、以上の見解を採るときは本件の焼電話の件については除斥期間を経過をしたもののように解される。

しかし、右焼電話の件は古川浩の異議申立により昭和三十年三月二十八日被告の懲戒委員会に係属したものであるから当時除斥期間は満了していなかつたものであり、しかも右焼電話の件も同法第六十条により懲戒する権限を有したものである。

別紙(九)

第四準備書面

一、昭和三八年一〇月一四日附第五準備書面により原告は焼電話加入権の譲渡承認請求の件の事実については懲戒手続の開始が除斥期間の経過後であるにかかわらず敢えて原告を懲戒した違法があると主張するのでこの点について被告の見解を述べる。

(一)弁護士法第六四条の「懲戒手続の開始をどの時点でとらえるかについては、被告はその昭和三九年四月八日附準備書面の一、及び二で述べたとおり、事件が懲戒委員会に係属したとき」との解釈を採り、これに従つて取扱いを一定しているものであり、この点については原告の解釈と一致するものである。結局この解釈の主たる根拠は次の点にある。即ち、懲戒を求めるのは、懲戒の事由があるとしてこれを求めるものであるが、懲戒事由があるとの主張だけでたとえそれが内容を伴わない濫訴であつても弁護士法第六三条による自由の制限その他の不利益を与えることは基本的人権を侵害する恐れがあり、少くとも或る程度調査の上、懲戒事由の存在について相当程度の確からしさを必要とするといわれなければならない。そうして、これは綱紀委員会の調査によつて初めて懲戒事由の存在についての確からしさが得られるものであるから、この調査に基いて懲戒委員会に附議された時点において、はじめて本来の意味における懲戒手続の開始があるものと解すべきであるというのである。

(二) 次に原告は右焼電話の件については、異議申立に附加して新たに申立てた懲戒事由であり、従つて、これは第一東京弁護士会の綱紀委員会の調査を経ない新規の事項であるとともに、被告日本弁護士連合会もみずから懲戒することを適当と認めて懲戒手続に附したものではないと主張する。

なる程一見そのように見えなくもない。しかし、右焼電話の件については古川は昭和三〇年一月二四日附(同月二五日第一東京弁護士会受附)をもつて懲戒請求の決定督促の書面を提出しこれに右の件をも追加申立しているのであるが、第一東京弁護士会は古川の懲戒申立に対し、綱紀委員会の調査に基き、原告を「懲戒に附するに足る事由はないものと認める」との決定をなし、これを同年一月二五日古川に通知した。そこで古川は二月二十一日附を以て被告に対し異議申立を郵送し、これに右焼電話の件をも含めて申立をなしたものである。そうして被告は右申立を翌日受附け理事会の議を経て三月二八日懲戒委員会の審査に附したものである。

以上の経緯であるので、焼電話の件も除斥期間以前に懲戒委員会に係属したものというべきである。

元来、(イ)懲戒事由の追加変更等をなす時期を制限した規定はないのであり、(ロ)日弁連としては弁護士法第六〇条により「みずからその弁護士を懲戒することを適当と認めるときは懲戒委員会の議を経て懲戒することができる」ものであり、(ハ)懲戒は刑事罰と異なり厳格な訴追手続を必要とするものでもなく、また或る特定の犯罪について罪を決し、その上で併合罪として処分するような厳格な手続を必要とするものでないのである。従つて、懲戒事由の追加を日弁連の段階で認めて何ら不都合はないとともに除斥期間の切迫した懲戒事由の如きを改めて単位会の綱紀委員会の議に附さなければならないとしたら、却つて弁護士法第六〇条を設けた趣旨は没却されるといわなければならない。けだし網紀委員会は厳密な意味での訴追機関とは見られず、寧ろこれを設けた趣旨はいわば濫訴を防ぐための調査に重点があるからである。

このような意味で被告日弁連が焼電話の件を含めた異議申立を何らの分離をなすことなく全部を懲戒委員会に附議した以上、懲戒委員会に係属したものというべきであって、原告の前記の主張は妥当でない。

(三) ところで被告日弁連は、右焼電話の件を昭和三三年九月二六日附を以て第一東京弁譲士会に回付したものである。しかし右の回付によつて被告の懲戒手続の係属から離脱したことは否定できないとともに回付を受けた第一東京弁護士会としては、綱紀委員会の調査を経ない事項であり、当然綱紀委員会の調査に附すべき事案であるので、同会はこれを綱紀委員会の調査に附したものである。しかし、被告日弁連の右の回付は理論上一般の訴訟事件の差戻の裁判の如きものとは異つており、かつ、日弁連が単位弁護士会の綱紀委員会の段階では除斥期間の経過に影響がないとの見解を採つている以上は、右焼電話の件の部分は単位弁護士会及び被告の懲戒手続に同一事件として係属しているとは到底いえない。寧ろ、被告日弁連としては右の部分をいわば管轄違いとして却下し、これを第一東京弁護士会に回付して、これを同会に対する懲戒申立として取扱わせようとした結果になると解せられるのである。従つて、その後第一東京弁護士会の綱紀委員会の調査中、除斥期間が経過したとすればこの事実をもつて懲戒できないといわなければならない。

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